エルヴィン・スミスは夢をみない。
正確には、眠っている時間が短すぎて、その眠りがあまりに深いために、夢をみたという認識がほとんどないのだ。
「へえ! じゃ、うなされたりもしないんだ」
「……効率のいい寝方しやがって」
「それでいて、起こせばすぐ起きる。全く、団長になるために生まれてきたような男だ」
調査兵団の幹部たちと、そんな話をしたとき、皆一様に驚いたものだ。
「全く夢をみないという訳ではないが……ここ最近はとくに、頭を休めるのに集中している」
「じゃあ、昔はエルヴィンも変な夢をみたりしてたのかい?」
変な夢か……と、エルヴィンは思いを馳せた。
エルヴィンとて、調査兵になったばかりのころは、恐怖や後悔にうなされていた。
当時、巨人に「食われる」という残虐な殺されかたを目にするのは、調査兵だけだったからだ。
「だから……日々眠れなかった。寝ても、巨人の恐怖を再現する夢ばかりだったな」
「私もだよ。怖いやら、腹が立つやらでさ」
「調査兵団の新兵が皆経験することだな……もっとも、最近の志願者には巨人を知っている者も多いが」
ハンジやミケのあいづちに、エルヴィンはふっと笑って、紅茶を手にする。
「夢をみなくなったのは……団長に昇進して、暫くしてからだ」
――食いちぎられた腕の半分を抱いて、立ち尽くしている。
『(私が……至らなかったばかりに……)』
それは、団長になって間もないエルヴィンがみた夢。彼の記憶に残る、最も鮮烈な夢。
使命感と、多数の命を背負う重圧の間で、エルヴィンはうなされていた。
『団長……あんたのせいだ……』
巨人がぱっくりと口を開き、その喉の奥で、死んだはずの団員が半分溶けた顔をどろりと覗かせる。
『あんたが俺たちを殺した……』
『そうだ、私の策だ……私が殺したんだ!』
ぶるぶると震える手が、抱いていた腕を取り落としそうになる。その腕が急に動き、エルヴィンの首を掴んだ。
『オマエモ、シンデ、ツグナエ』
『ぐっ……』
動けない彼を狙い、巨人の歯が、エルヴィンを食いちぎろうと
『何、ボーッとしてやがる!』
『危ないなぁ、乗りなよ!』
瞬間、エルヴィンに迫る巨人のうなじが削ぎ落とされ、馬へと引っ張りあげる手が伸びてきた。
『リヴァイ、ハンジ!?』
『お前には、前に進む責任がある』
馬を並べて、静かに告げる姿。
『ミケ……ああ……』
そうだったな、と、前を向いた瞬間
青空に溶けるようにして、夢は終わった。
「(――ああ、そうか。私はこの顔ぶれのおかげで、すべきことに集中できるようになったのか)」
思い出話を途中で切って、エルヴィンはただ微笑んだ。
「どうしたんだい? 巨人に襲われそうになって、それから?」
「イヤ……その夢の中で、仲間に叱咤されて、使命を思い出したんだ。団長として、必要なら非情な決断もしようとな」
その仲間が目の前にいるリヴァイたちだとは、さすがに言えない。
「ふーん、それでぐっすり眠れるって、羨ましいなあ」
「お前は雑念が多すぎるんだよ」
「リヴァイだって! 仲間が傷ついたらすぐうなされるって、野営で見張ってた兵が」
「お前たちはそれでいい……人間性を捨てるのは、俺だけで十分だ」
夢をみない、ただ現実とだけ向き合うエルヴィン。
それが人間らしくないのなら、それでいいと彼は思う。
いずれにせよ現在の自分は、目の前にいる仲間との絆に依って立っているのだから。
(了)
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